日本特殊教育学会 第59回大会で講演いただいたScott Yaruss先生への質疑応答の日本語訳を掲載しました。

去る2021年9月18日(土)~20日(月・祝)にWeb上で開催された「日本特殊教育学会 第59回大会」のなかで、学会・大会準備委員会共同企画シンポジウム「言語障害のある児童生徒のQOL向上を目指した支援の在り方」が行われました。

学会・大会準備委員会共同企画シンポジウム
「言語障害のある児童生徒のQOL向上を目指した支援の在り方」

●企画・司会・話題提供
宮本 昌子(筑波大学教授)
●企画・指定討論
川合 紀宗(広島大学教授)
●話題提供者
J. Scott Yaruss(Michigan州立大学教授)

このシンポジウムに参加した皆さんからの質問をScott先生にメールでお送りしたところ、Scott先生から丁寧な回答をいただきましたので、質疑応答を3名の方に絞って、こちらでご紹介します。

Keichi Yasu
 
 

1.
非常に興味深いご発表をありがとうございました。基礎を教える部分について質問があります。(吃音のあるクライエントに)音声生成のメカニズムについて教えてるとき、母音や子音の違いなどの音響音声学も教えるのでしょうか?その詳細について記述がある文献があるかどうか教えて頂ければ幸いです。
安啓一
筑波技術大学

J. Scott Yaruss

啓一さん、質問をありがとうございます。素晴らしい質問ですね!
私の回答としては、クライエントによるということです。特定のクライエントに対しては、私は確実に、母音と子音の違い、位置/様式/有声・無声などの調音要因、ときにはフォルマントまで教えます。このような状況は大人や高学年の児童・生徒でよく見られますが、幼い子どもたちにはあまり詳しい説明はしません。判断材料の1つは、クライエントがどれだけ興味を持っているかということで、もう1つは、クライエントが自分の吃音をよりよく理解するために、どれだけ詳細な情報が必要かということです。児童・生徒の中には(特に幼い子どもは)、それほど高度な理解を必要としない人もいますが、私はそのようなレベルの詳細にまで踏み込むことができたときには、それを楽しんでいます。

Yukino Sawai
 
 

2.
ご発表ありがとうございました。先生の包括的な臨床にとても感銘を受けました。私の国では、吃音や発話プロセスに関する基礎知識は、おろそかに扱われる傾向があると思います。

澤井雪乃
筑波大学

J. Scott Yaruss
 

雪乃さん、ご丁寧にありがとうございます。ここアメリカでも私たちは同じようなことに直面しています。児童生徒が必要としている背景を説明せずに、すぐにテクニックに飛びつこうとする人が多いのです。

Yukino Sawai
 

ですから、先生の吃音治療に対する姿勢は、私を含めた日本の聴衆に大きな影響を与えたと思います。治療について2つ質問があります。
まず、クライエントの「どもらずに流暢に話したい」という願望と、臨床家の「コミュニケーション能力などの包括的な面にアプローチしたい」という目的のバランスをどのようにとるべきでしょうか。具体的には、子どもや10代の若者の中には、セラピーによって吃音が完全に治ることを強く期待する人もいると思います。彼らの大きな期待に応えつつ、失望させないためにはどうしたらよいか、何か提案はありますか?

J. Scott Yaruss
 

これは本当に素晴らしい質問で、吃音者と接する上での重要な課題を反映しています。確かに、多くの人は吃音をなくしたいと思っていますし、一生懸命頑張れば可能だと信じて生きてきたのかもしれません。前任の言語聴覚士、教師、両親は、このメッセージ(ただそれを続けていけば最終的には、吃音はなくなる)を強化してきたでしょう。問題は、ほとんどの(ほぼすべての)学齢期の吃音の子どもや10代の若者がそうなるとは限らないということです。彼らはどもり続けるでしょう。そして、このことは彼らにとって受け入れがたいニュースになるでしょう。しかし、彼らがそれを受け入れるまで、苦労し続けるでしょう。吃音への対処を生涯にわたって成功させるには、吃音を受け入れることが重要で、児童生徒がその時点に到達するのを早く助けることができれば、より良い結果につながります。
残念ながら、吃音との折り合いをつけ始めたとき、彼らは失望を経験するでしょう…しかし、私たちは希望を与えることもできます。彼らは治療法がないことを学ぶ必要がありますが、この事実が、吃音が人生にマイナスの影響を与えるという意味ではないことを学ぶ必要もあります。流暢であることから吃音が及ぼす幅広い影響に焦点を移し、吃音があろうとなかろうと、人生でやりたいことは何でもできることを示し、吃音がこれまでのように必ずしも恐ろしいものでないことを示すとき、そしてそのときこそ、彼らの恐怖心を減らし、快適さを増し、最終的には吃音とより楽に暮らせるようになるのを助けることができるのです。
残念ながら、これには簡単な答えはありませんが、吃音者はこれを経験しなければならないでしょう(親御さんも同様です)。それよりも、彼らに受容感、楽観性、希望を持たせ、吃音が続いても自分は大丈夫だと学べるようにすることが必要です。

Yukino Sawai


 
 

2つ目として、先生はこれまでのキャリアの中で、困難を経験した子どもたちとたくさん出会ってきたと思います。もし可能であれば、クライエントのサクセスストーリーを教えていただけませんか?また、ご自身のセラピーについて、ポジティブなコメントや(もしあれば)ネガティブなコメントはありましたか?時間の経過とともにセラピーがどのように変化してきたかを知りたいと思っています。

J. Scott Yaruss
 
 

はい、ほんとうに、子どもたちの素晴らしい成功例はたくさんあります。実は先日、私の元生徒(現在は成人)と連絡を取り合っていたのですが、彼は幼い頃、非常にひどい吃音を抱えていました。私たちは、彼が自分の吃音と折り合いをつけ、それを受け入れ、常に流暢であろうと努力するのをやめるよう、一緒に取り組みました。現在、彼は数々の賞を受賞した成功した映画製作者であり、複雑なプロジェクトで大規模なチームを率いています。もちろん、彼はまだ吃音がありますが、吃音が彼を妨げているわけではありません。もう一人は、高校生のときに私が関わった生徒で、現在はGoogleのエンジニアリング担当副社長を務めています。もちろん今でもかなりの吃音がありますが、彼の大きな成功の妨げにはなっていません。
セラピーの中で難しい状況に直面したこともありますが、これはしばしば生徒が吃音と向き合う準備ができているかどうかに関連しています。私が吃音を受け入れる過程に進むことを強く望んでいても、その準備ができていない生徒もいました。どの程度強く(クライエントに)働きかけるか見極めることは非常に難しいです。つまり、生徒が少しの励ましで大きなリスクを取る準備ができることもあれば、無理に押して生徒が引いてしまうこともあります。私の場合は、私が非常に急にかつ強く働きかけたことで、生徒が引いてしまったことが何度かありました。このような状況になったとき、生徒が準備できてからセラピーに戻ってきたこともありました。別のケースでは、コミュニケーション全体ではなく、流暢さに焦点を当てたセラピーを受けるために別の場所に行ってしまい、最終的に追跡できなかったこともありました。

Kanako Sugimura
 
 

3.
ASDやADHDを伴う吃音の子どもを支援する際には、どのような点に注意すればよいのでしょうか。Yaruss先生は、これらの重複するケースでは、吃音の治療が難しくなるとお考えですか?

Kanako Sugimura
言語聴覚士

J. Scott Yaruss
 

かなこさん、こんにちは。メールありがとうございました。これは確かに難しい状況ですね。子どもにASDやADHDやLDやその他の併発した障害がある場合、もっと難しくなります。理由としては以下のようなものがあります。
 治療に熱心に取り組んだり、継続的に練習したり、成功を評価するために必要な努力や集中力を注ぐことが難しい。
 吃音とは何か、セラピーの目標とは何か、テクニックや戦略とは何か、いつ使用するか、どのように一般化するかなどについての自己認識や理解力の低さ。
また、吃音は、他の問題を併発している子どもたちの方が、より持続しやすいという基本的な事実があります。したがって、他の障害と折り合いをつけるのと同じように、吃音にも折り合いをつける必要があります。

最後に、これはご両親にとっても難しいことです。ご両親は、子どもが直面している他の問題の邪魔にならないように、吃音を「修正」する必要があるという考えに固執するかもしれません。親御さんは、ADHDが慢性的なものであることは受け入れやすいかもしれませんが、吃音についても同じことが言えるということを認識するのは難しいでしょう。(これは、吃音の多様性にも関係しています) だからこそ、子どもが受け入れられるようにするのと同じように、親が受け入れられるようにするのは極めて重要なことなのです。